2009年7月 9日 (木)

イカフライ

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ここ数日、無性に「イカフライ食べたい」気分になっている。揚げ物用鍋もないのに、作ってしまおうと、スーパーへ行くのだが、新鮮な、それ用の烏賊が売っていない。小さなスルメイカでもいいものか、迷ってしまったし・・・。
スルメイカは、お鮨屋さんで食べた経験では、キレが悪くって、どうかなって。
そんなこんなで、店中を歩いていると、お総菜コーナーに、イカフライ発見! この肉厚さは、紋甲イカだろうか。リング状でもない。
パン粉買って、油大量に余らせて、換気扇をべとべとにして、フライ揚げるより、130円だか、140円だか、で買っちゃった方が、効率上、経済上よろしい。
こういうわたくし、コレステロールが安全圏をオーバーしていて、油物、内臓物、魚卵物、あまり食べないようにしている。そういえば、若いころは、フライ、とか、天麩羅、とか、好きな方だった。そのせいも有りや。
自分への誕生プレゼントに、140円だかのイカフライを、お献立に載せるのも、たまのことなら、アリ?

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2009年7月 3日 (金)

父恋い句

とある同人の句会に、4回ほど参加し、会誌も1年送ってもらって、ひとつ収穫があった。
「父恋い俳句」というものだ。作者はみな、父君を亡くされていて、それぞれ思い出の中の像を詠んだものであろう。
たとえば、

夢の父乗馬服なり山滴る 下山田禮子

彼女は、同人から、「父恋い俳句の第一人者」と呼ばれている
さらに

梨むけばあざあざ父の顎(あぎと)かな 
                      清水伶

この句を初めて拝見した時、どこか感ずるものがあった。
「あざあざ」と「あぎと」の音韻も効いているのだろう。

この会は、皮肉にも、父恋いを教わったはずが、当の私の父から反対され、出席することはなくなった。
では最後に、自作の句(父未だ存命です)

父恋ひて夢の中でも毛虫焼く

父恋ひとはセピアから飛び立つ白鷺

                 古城いつも

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2009年7月 1日 (水)

マイナスの「気」を負わされて

昨日は、年一度夏恒例の、医者詣りに行ってきた。医者へ行って、病気になって帰ってきた、というお話。
かれこれ15年になろうか。今は薬だけ投与されているので、毎月1回、自由業で時間の自由の利く父が、受け取りに通っているのだが、まったく医者と顔を合わせもしない、というのもマズいので、年1回、都合をつけて赴くのだ。
初めの「主訴」と、「診断」は、プライベートになるので控えておく。経緯は、その時の「医師」が、早世してしまって、後を引き継ぐ同じ大学病院の後輩(教え子)医師たちは、若手ゆえ、ほぼ1年周期で、代わってゆくのだ。勝手が出来るのも、亡くなった医師の、力関係だろう。
昨日は、今年また代わった医師の初顔合わせだった。ほとんど新米の女性医師は、当然のごとく、こう切り出した。
「アルバイトとかしてるのですってね」
「はい、と言うより、今は開業準備中、って感じです」
ここで、オンナ新米医師の、顔色が、さーっ、と変わってしまったのだ。その後の質問は、質問と言うより、詰問、というものに変わってゆく。
明らかに、患者に「挑み」だしたのだった。
ひとつひとつの質問に、切り返しつつもパンチを忍ばせて答えるのは、正直、エネルギーを消耗した。彼女は、「あなたが病気でないと、私の沽券に関わるのです」とでも言わんばかりに、「病気のエビデンス」を引き出そうとする。私が持っていった質問には、なんら答えることはなかった。
確かに、精神系の患者は、ほぼ、仕事が成り立たない、ということは聞いたことがある。でも、多くの症例を記した書物は、たくさん出版されているはずで、仕事を持って、精神系の薬を服用する、ビジネスマンも、多々居るはずなのだ。
「そうか」と納得した。前任の医師が、私に関する「前知識」をなんら彼女に与えないまま、仕事を引き継いだのだった。その前任の医師は、比較的私的に、若いながらも信頼を置いていた。彼らと私が、学部こそ違え、同じ大学の同窓生である、ということもこのような関係が続いてきた理由のひとつ、ということも教えていない。このような女性には引き継げないだろう。
こういうワーキングウーマンは多い。勉強してないっ! しなくても既得権、女性としての看板、その時の勢い、バックの男性、なんやかやで、ある程度はやりぬけてしまう。もちろん、建設業界では、こんな女性は増長させてはおかない。
精神科へ行って、マイナスの気を負わされて、棘とげになって帰ってくる。これは、精神科医として失格だ。治療は出来ないなりに、せめて、安らがせなければね。帰って、寝込んでしまったのだった。その夜は薬も飲まず、ぐっすり眠ってしまったことは言うまでもない。

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2009年6月28日 (日)

ミキサー車 萌え

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これらの写真、よく見られると、同一の女性が焦点に居るのだ。
女性ミキサー車オペレーター。
将に、「働く女性」であるが、現場経験の少ない私でも、もうこれで、2人目で、建設ガテン系女性労働者は、最近、少しづつだが、ちらほらと見られるようになった。以前、ミッドタウンの現場事務所に少し居たときは、「豹柄」の作業服を着た、オンナ職人が居たっけ。
バブルのころ、人手不足を見込んで、女性労働者を複数採用する、という企業も多々あって、鉄筋施工会社などで採用された女性職人は、聞くところによると、決して「お飾り」ではなく、重い鉄筋束で運んで、組んで、結束していたという。
ま、彼女たちは、もれなく同じ会社の男性従業員と結婚、という花道を歩んだのだが・・・。
よく働くオンナは、お分かりのように、「売れ」ちゃうんですよね。トーチャン社長の会社で、手腕を発揮する、という道もあるにはありますけど。

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2009年6月16日 (火)

クリーミーアップルドリンク

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今日の夕飯^^
「クリーミーアップルドリンク」
林檎半分、牛乳カップ半分、カッテージチーズ大さじ1、ポッカレモン少々。
これらを、ミキサーへ入れて、実は格闘があって、数分でようやく混ざったら、グラスに。
ホントは、林檎は、ジューサーでいじった方が、美味しい。でも、これは、牛乳入れるしね。
また、チーズなどカロリーの高いものを、と言われそうだが、そういうわけで、腹持ちがいいのだ。
2月に超安値で買っておいたのは、ジューサー。使い様がいまいち飲み込めず、置きっぱ。で、最近、手始めに林檎買って、いろいろ搾ってる。
まず、お勧めは、「シードルと割る林檎」
林檎半分をジューサーで搾って、シードル、ポッカレモンと割る。結構赤くなったりして・・・。
その次作ったのは、「サラダほうれん草」
葉っぱ系なので、甘味が無いし、嵩が無いので、林檎で上げ底しなきゃならない。近所の、一把100円のに、やっぱ林檎半分、ポッカレモン。
これが、懸念したより、美味しかった。
健康生活。これやるには、出費が痛いね。だいいち、料理の勉強、などと言って材料まともに買い揃えちゃうと、そう、4月の食費、3万円出ちゃったよ。日々の素材だけじゃなかったけどね。お米、とか、調味料とかもかかる時期だった。
今月は、残りの餃子と、冷凍した鯖と、あとはインスタントラーメンで凌ごうかと思とります。

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2009年6月10日 (水)

お金を頂くことだけじゃ、ない

絵やデザインを嗜んでいると、「こんなん、金もらうほどのことないじゃん」と思ってしまう。
カッコよく、「提供しましょう」と言ってのけたくなる。
お金をもらうとしたら、「行間」「エーテル」「テレパシー」「伝心」の部分だろう、と思う。それらを得るには、この上ない長い道のりを、歩んできた、という経験が実は、必要だ、ということを示唆したいのだが・・・。
皆が、趣味のサークルで、皆が、自分の時間を提供しながら、サークルを運営し、それだって立派な「仕事」なんだが、中には、対価を要求してしまった、らしい御仁もいると聞いた。
いけないよ、いくら日頃、それで食ってるっていったとて。
プロを招待しているわけじゃない。皆、手弁当だよ。
私は、ちゃんと美術の教育を受けているので、絵を売って、お金を貰う、という、みみっちぃ考えは、抱いたことはない。「手術画イラストレーター」とか「舞台美術絵描き」とかいう求人がある仕事ならいいのよ。
ちょっと絵を習ったぐらいで、画商に売り込みに行く、無学な市民は、これは、頭オカシイ。
まず、活動が先でしょう。
生活のための仕事がいけないの?とお尋ねになるかもしれないが、生活のため、といって、生活のためになったためしがない。
活動を続けて、人が寄って来て、それで、人が集まれば、お金は集まって、いつのまにか利益が上がって・・・理想論?
そう、お金を得なくても、仕事なんだな。お金を使って、仕事を為す、ということもあろうさ。そのうちに、仕事為します、と宣言して、集まってくるお金もあろうさ。
ただし、なにかひとつ、意味ある活動じゃなきゃダメだよ。自己満足、自己顕示のための、お金は、これは浪費だ。
お金を頂戴することだけが、仕事じゃない。仕事イコール活動

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2009年6月 7日 (日)

六無月東京喜多マラソン大会

マラソン大会に参加してみた。初参加だ。場所は、日暮里から、「舎人ライナー」という都電に乗って行く。
ずばり!完走してしまった。
10km女子の部。
タイムは、1時間08分59秒。なんとか70分は切れた。
今日はしばらく前からは、雨予報だったのだが、前日くらいからは、ピーカン予報に変わって、予報通り暑い午前だった。
コースは、下の写真のような、ひろーーい低地を走るのだが、このコースがあるために、大会開催が可能になった、とでもいうべく、而して有り、というもの。走りやすい。
ただ、暑かった。前もってのアドヴァイスでは、暑いので給水を十分に、とのことだったが、毎給水所で、お水を頂き、「ひえぇ~」なんて心境で走り続けた。
練習時のように、信号待ち程度を歩いてみようか、などという考えも頭に浮かぶが、歩いて暑くて、時間が余分にかかる分、また暑くて、ゴールは遠くなって・・・で、結局走り続けるしか、なかったのであった。
胸も苦しくはなく、脚も絡んでこず、ただ、暑い。
暑い、暑い、と、いつの間にかゴールしていた。達成感というものは、家に帰って来てからのことだ。
さて、明日から、また、日常だ。
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P.S. トップランナーなどは、私にとって、ヒーローだ。1/3も行くか行かないかのうちに、折り返して来ていてすれ違って、すれ違いざまには、振り落ちる汗が、光って見える。体中の筋肉が躍動している。カッコいい。

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2009年6月 2日 (火)

一枚のキップから

   握りしめた手の中に
   私の行き先 眠ってます

先日ようやく見つけた、タイトルは、
「レイルウェイ・ララバイ」
ララバイをキーワードに、ヤフーミュージックで検索かけて、1曲、1曲、手繰っていった。
元気がなかった、18だか19だかの頃、父が気を使って、父の実家がある弘前へ、私を連れて行ったのだが、この歌は、行きの列車の中でも、帰りの列車の中でも、口ずさんでいた歌で、

   「お前なぜ 旅に出たの・・・・・・」
   「お前なぜ 眠れないの・・・・・・」
自分に言い聞かせるように、何度も何度も リフレインされた。

   私の行き先 眠ってます・・・・・暗いばかりの青春のような気もしていたが、自分はしっかと、未来を見ていた。

   ブルーの夜と 白い夜明けが
   もうすぐ 出会う時
   私は今 自由です

   私は今 自由です・・・・・相対的だが、ひとと比べて、ずいぶん自由に生きてきた。
帰りの列車などは、急行普通席夜行だった。堅い椅子でも平気なくらい、若かった。往復とも寝台を使わなかったのは、この時が初めてだ。

   ガタゴト 銀の線路の音が
   つぶやく子守唄
   レイルウェイ・ララバイ
   レイルウェイ・ララバイ

みなに指摘されたあの頃、「大学行かなかった」は、ずいぶん失礼な話で、私は無事、「高校卒業した」のだ。あの時代の、友と環境と学校と、そして自分に、さよならしたのだ。
目論んだとおり、自由が待っていたのだった。

そうそう、夏にまた、弘前行きを予定しているが、夜行は夜行でも、夜行バスで行くつもり。夜行列車、寝台列車はすでに、ない。(厳密には「カシオペアが」)

           ⓒ レイルウェイ・ララバイ(山川啓介・作詞)

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2009年5月31日 (日)

PUMA が履きやすい

プーマのスニーカーが気に入っている。スニーカーは、ABCマートが安いのだが、Hawkins、Adidas、と買って、3月は、PUMAを買ってみた。みな一応、革製品のものを買います。
安い割にはお高くて、6990円もした。
今、ランニングに履く靴も、プーマだ。これもセールの、東武だったか。
中広なので、中で、爪が足の指を圧迫しない。あげくに、素材がソリッドなので、型崩れが少ない。踵も折れない。
そう、アディダスは型が崩れるし、ナイキは、履きやすいが、タイトで、爪で足の指を切る可能性も・・・。ホーキンズは、長く愛用したが、ちょっとコワい。しなやかじゃない。
そういえば、20歳を過ぎたころ、初めて買ったスニーカーはプーマだ。しばらくは立派なものに見えたのだが、何年もして取り出したら、こんな珍竹林だっけ、って感じ^^
それまでは、スニーカーは買えなくて、美大予備校の課題に「スニーカー」と出されて、使ったのは、古い、バッシュ。分かるかな? バスケットシューズ。これは、バスケやらなくてもみんな買ったんだ、高校時代。
というわけで、わたくしは、PUMAが好き。
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白すぎるきもするが、製品は立派にオフホワイト。夏だし、白でもオカシクナイカナ。

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2009年5月29日 (金)

表紙イラスト-2009-5月号

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会報の表紙、いつものように、発行月の月末に発送されてくる。
色が着くと、些細なことは見えないのだが、モノトーンにすると、輪郭の曖昧さや、細部の手の抜き方が、如実に判ってしまう。
この絵、実は、2月には出来上がっていて、絵の背景からか、5月号に持ち越された。
この先、当面、参加はできない気がする。7月号は、すでに出来上がっていて、9月号は、提供できるかは微妙。11月号は、スケジュール的に無理そう。
話は変わるが、少し、対外的なアプローチなど、インターバル狭めて、短期集中でやってみたいと思っている。まだ、趣味人であっては困る。

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2009年5月19日 (火)

イヤリング

鈍い痛みを感じている
頭痛が耳元でしているのだ
今日はイヤリングをしている
よそゆきの装いの緊張
鈍く、痛い
目の前の男の
話は頭に入っていかない
この店をチェックしようと
誘いに応じた私は
今多大に、後悔している
安いとは言えない料金の
持たれることの代償が
この不愉快さ
男は、私を値踏みする
私は、恋愛市場は疾うに
引退しているのだが
還暦間近の男は
今なお好色そうに
女を物色しているのだろう
「夢が無いから恋をして」
内藤やす子の歌が頭の中に響く
定年が怖い高齢者
給料くれる相手を探すことと
色事相手を探すことと
どうやら、一緒くたになっている
怖い、寂しい、誰でもいいから・・・
イヤリングを外そうか
とも考える
いや、この不愉快さを心に留めよう
とも考える
実業者と交流するには
虚業者を振り分けなければならない
これもまた、虚業者のひとりか

いちごの記事、この回で300記事をクリアしました
御精読まことに、ありがとうございます

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2009年5月18日 (月)

珈琲沸かす

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成城石井のコーヒーが美味しい。
水道橋で買った、スペシャルブレンド550g、798円のセール品。
どういうわけか、ミルを実家から持って来ていて、だったら、多量の豆でも、置いておけるか、と思ったわけだ。
ほぼ、毎朝、ゴリゴリやるのだ。どういうわけかって、以前、ヨーカドーの安売りのコーヒーが、粉売りじゃなくて、豆売りで、かごの中に入っていたのだ。おうちにお願いしようと、買ってしまったのが経緯だ。
これを習慣にして、少し、間食を減らしたいところだ。成城石井は、おそらく私の居住地近辺にはないので、残念だが、都内へ出た折り、ということになる。
成城石井の店舗も、ある意味、ワンダーランドだ。一般店より、お値段は張るのだが、お財布の紐がついつい緩んでしまう。
ミル自体、前々から、絵にしたい、と思っていた。ミルとコーヒーとお砂糖。
小品で、出来れば、油で、試作的に。
年内はおそらく無理だろう。やることは山積み。

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2009年5月10日 (日)

秩父・蓑山

仕事も狭間状態なので、ちょっと、山歩きに行ってきた。
秩父鉄道、皆野駅からじきの、蓑山だ。
クラブツーリズムのメニューにあったのを覚えていて、それより安く行って来よう、というわけだ。引率は、わが山の会。

  皆野駅⇒表参道⇒蓑山神社⇒蓑山山頂
    ⇒関東ふれあいの道⇒鷺ノ口峠
    ⇒秩父往還(中仙道熊谷通り山通り道)旧道
    ⇒二十三夜寺⇒青砂五方ノ辻⇒風早峠
    ⇒和銅遺跡⇒和銅黒谷駅

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蓑山神社下の道標。実際、最初のここまでが一番辛い。暑いし、歩き始めだし、久しぶりだし、足元は定かでないし・・・・。

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蓑山神社。媚のない、質朴な社。シーズンには、盛大な祭りが行われるそう。

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登りの道辺に、たくさん見られた花。名前を聞き損ねる。

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頂上付近。奥武蔵、奥秩父、奥多摩あたりはみな、送電線の無機質な景観と、共存している。

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頂上の見晴らし台から。躑躅が盛り。

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大概は、雑木林だったのだが・・・。

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二十三夜寺。これから再び、ひと登り。

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黒谷駅の時刻表。希少価値有り。

ひと仕事してきた、という感じ。怪我も捻挫もせず、これで、マラソン大会に支障はなし。帰り、飯能駅前の「満州」という餃子屋の餃子は最高。一皿210円。
これが、この会の懐事情と、グルメ探索度。

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2009年5月 4日 (月)

ひとりに厭きて

若い頃、極度の孤独感を味わったことがあって、そんなわけか、今更、孤独は平気だった。
「おひとりさま」なんて流行語にも、なにをいまさら・・・。21や22の時分から、「お手手つないで」どこかへ行ったり、なにかをしたり、という経験は殆どない。
そんな私が、いま、孤独を厭うている。いや、相変わらず、部屋でひとりで仕事してるし、ささっと支度して、用足しに出掛けるし、両親には相手にしてもらえないし・・・。
相変わらず、単独行動はしているのだが・・・。
このGWに、ふと、伊豆へ行きたい、と考えた。修善寺からバスに乗って、踊子歩道を歩いて、温泉入って、河津へ出て、伊豆急乗って、帰って来ようかと・・・。
JR高いなぁ、なんて逡巡しているうち、「止めたっ!」と決意する。
ひとりで滝を眺めて歩いているところを想像した途端、行く気が萎えたのだった。
最近、人を追っかけなくても、人が廻りに居ることが多くなっている。
山の会は入会7年目。気心の薄々知れてきた人も数人居る。
句会へ参加して、5ヵ月。自分より優れた人たちに触発されるのは、快感だ。
記事にも書いているが、ダメな人間関係を始末して、良好な人間関係を築いてゆけば、それは財産にもなろう。
もちろん、仕事の人脈作りに奔走しているところが最も大きい。
若いころは諦めていた節もある。「貴女はお友だちがいないから、貴女のお友だちにはなれないわ」的な理論で、鬼ごっこの鬼のごと、逃げられ続けた。
男子校のような大学では、「昔の彼女になりたくない」一心で、みな、遠巻きに置いておいた。
絵の関係で、交友関係が作りにくい、という理由もあった。どこぞの公募の会員推挙にでもならない限り、名簿にすら載らないし、パーティーにも出られない。

これからが正念場だろう。種は蒔いて来たのだ。逃げられても、拒絶されても、誹謗されても、ただひたすら、人間関係を求めてきたつもりだ。
良好な人間関係は、その人物の実力そのものだから。

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2009年5月 3日 (日)

愛したら告げている

とある面接で、貴女は他者から、なんと評価されていますか?
というのがあった。
答えに窮する。 いくら困難な世の中とはいえ、外交辞令、褒め言葉、交流の潤滑性のための綺麗な言葉、を全く言われたことがない、というのは、いちごの社会性に問題がある。
それに増して、問題なのは、社会を具現する対象から、「愛されていなかった」ということが、最近理解できるようになったことだ。
「愛」をここで、友愛、隣人愛、と置いてみよう。
自分を鑑みるに、愛情を感じる相手には、また、自分の心、考え、哲学、想い、を伝えなければならない場面はいくらでも訪れて、
そして、「告げている」のだ。
ここで、「愛=告げること・言葉にすること」と、定義する。
おかしいのがまだ居た。お茶らけだと相手にしなかった、「今度口説きますから」「今度口説きますから」というメール群。
ふと気付いて、過去のメールを検討してみると、決して、いちごを気にいって発した言葉ではなかった、ということが後から理解できた。
いちごが、「コクれないダメなオトコ」のエピソードをしてから、
「いちごさんは頭いいし、頭のいい人は、僕は好きです」という、どう取っても愛情表現とは、160度違う、返答が、2度、3度、繰り返された。
「いちごがいいオンナ」でも、「いちごに夢中」でもない。差し障りのない、自分に矛が回ってこない程度の、辞令の発令だ。
そう、このオトコも、コクって傷つくのを若い頃から恐れ続けて、ヤッてから既成事実で、結婚・・・などという人生を歩んで来たのだ。
ひとこと、「いいオンナやなぁ」「お付き合いしてください」
これで、済むんやけどなぁ。

愛すること、告げること。
多弁、雄弁でなく、どうしても出てきてしまう、少しだけの言葉。

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2009年4月27日 (月)

クロッキー=2009-4月

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春になって、暖かさが感じられるようになって、そんなわけで、クロッキー会へ行ってみた。
モデルは、小柄で、細くて、華奢なイメージなんだが、描いてみると、その細さで充分肉体だし、フレームが明確だし、ポーズも決まってるし、すごく描きやすかった。
終わって、両親に電話すると、東北地方にお墓参りに出ていた彼らは、帰りの特急が止まってしまっていて、ようやく乗り込んだ新幹線も、まだ、大宮手前だと言う。
この日は、辞めるスポーツクラブの最後のレッスンに出た後で、その前日もそうで、その前々日の金曜日は、7.5km走っていて、なんというか、歳のせいにはしたくないのだが、スタミナが持続しないのだ。
今日は、所用で、最も近い街に出た後、千葉市へ行って、書類を取りに行き、お昼に帰ってきたものの、夕方また、改めて出かけたのだった。
ははは、今年の信念は、「活動」ですから・・・。

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2009年4月20日 (月)

ハワイアンズ・モンチッチ

セキグチのお人形が好きだった。
知ってる人は知っている・・・モンチッチのメーカー。
若い頃、欲しいとは思っていたが、幼稚な気がして、ためらっているうち、市場から、後退した。
セキグチのお人形は、20歳ごろ、少年がキャスケットかぶって、ビー玉の目玉して、ジャンパー着て、靴履いてる、抱き人形のような、飾りのような、そんな人形を一体買った。
最近、ふらりと寄ったとあるSNSに、「モンチッチ」のコミュがあって、「どこに売ってますか」風なやり取りをしているうちに、自分で、とある限定モンチッチ、発見してしまった。
スパリゾート・ハワイアンズ限定モンチッチ、というもの。
早速、取り寄せ。
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予想してたより、10倍かわいっ!
これで、○十年来の望みは、当面叶った。
普通のモンチ買うはずだったんだけど、ハワイアンズが、通販してくれちゃってるもので・・・。
ぬいぐるみ、7,8種揃えたいなぁ。あまり揃えると、部屋が狭くなる。
ノーブランドのパンダ、サッポロビール工場のBBQ屋で買(ってもら)った、羊のカップル、昔、父がオーストラリアで買ってきてくれた、ミニコアラ、ミニカンガルー。現在これだけ。
希望は、「リラックマ」「たれぱんだ」「マザー牧場の子豚」「スヌーピー」
こんなところ。
いちごの脱力生活だ。

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2009年4月19日 (日)

悪意の自覚

愛に拙い者たち・・・

あるチャッ友。
初顔合わせで、対面、自分語り、仕事語り・・・で、まずまず別れる。
その後のメールで、
 桃之夭夭  桃の夭夭(ようよう)たる
 灼灼其華  灼灼たり 其の華
 之子于帰  之(こ)の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ
 宜其室家  其の室家に宜しからん
と来た。
この詩は、子が生まれて嬉しい、という内容ではない。嫁いでゆく娘が、その家に受け入れられておくれ、という内容だ。
・・・ちょっと見当違いのメールでは・・・。いちごは、大きい声では言えないが、シングルだ。嫁入りの教育も受けていない。
解釈のURLも貼り付けてあって、「女性は適齢期になれば嫁に行かねばならなかった時代云々」。
・・・このメールは、なに?
この顛末の感想はペンディングしておく。

以前の会社の後継ぎ経営者。
珍しく続いたいちごの勤務の後、課長といちごの必死の交流の中に、別部署をはぐれたチンピラを配属してきた。
キャリアも学力も社内人脈も、同じ土俵に乗るものではなかった。
社長は、まず、彼をプライズした。(表彰ね) 彼は利かなかった。 課長は仕事だけやらせていた。ただ、評価を上に上げるようなことは出来ない器量。 彼は、挨拶をしないどころか、3人だけの部署で、いちごに一瞥もくれないで、日々を送るようになった。 そのうち、大きくなり、怒鳴ったりを始める。課長は、上げられない。
彼だけではない。社長は、中国の高校中退の、帰国子女の息子に、「一級建築士」を受けさせる。と言い始めた。毎晩、受験専門校に通う彼は、ゴミ運搬の途中に、何度も居眠りをしたと言う。彼の上司の報告にも、社長は耳を貸さなかった。
事務員の採用にも、近隣が目を疑うような人選をした。(人手不足だからと、いちご、納得していた自分が恥ずかしい)。
美容部員上がりで、昼休みの2/3は、2階の来客用、いちごたち用、トイレを、独占して、化粧直しをしている。 誰も何も言わない。 会長が時たま仕事をさせているので、社内には「秘書」と持ち上げる者もいる。
仕事は電話番と伝票整理。この娘(40前だったが)と、古手の事務の女性と組んで、うちの課長の電話の応対をするのは嫌だ、とぬかしやがった。
課長は、自分専用の電話番号を与えられる・・・。

あ、昔の愚痴の話ではなかった。
社長はおそらく、「愛」を以って、いちごの入っている籠の中に、狼を一緒に入れ、無学な女性と対比させ、中国という国を以って、下々に君臨している気分になったのだろう。
「愛」の表現の仕方の解らない者たちは、「人に作用すること」と解釈する。
「「いじめ」じゃないんだ、「表現」なんだ。」 ルサンチマンや、コンプレックスの自覚はない。
結局、ヒエラルキーは崩壊、前途有能な(?)いちごは退社、今はどうだときゃあなろたい。蛇と猫の巣窟になっているのだろうか?

どう見ても、悪意なのに、「ね、貴女のためでしょ?」と言った行動はしょっちゅうある。わからないのだ。 自分の哲学を磨き、部下を教条し、天に捧げものをしなければ、人の上には立てない。「愛」には資格がある。 若いうちに、人生や愛に悩まず、表層の恋愛を追っかけ、結婚を人生唯一の価値、としていた者たちに、真の「愛」は、理解できない。

上の2例、どちらも、いちごのことを理解するのも嫌なほど、嫌っていたのでしょう。 あ、深層ではね^^

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2009年4月12日 (日)

ジョギング日和

1日置きに、今日で3回目。ご近所周遊のジョギング行程。
5.8キロコースを今日は、43分で。
前回、前々回。40分ペースで走って(時速8.7km)、シンドい思いをしたので、今日は、ピッチを下げてみた。
時速8.1kmって感じ。
これで10キロ走るとして、75分前後。大会にエントリーしたら、リミット80分なので、ギリギリって感じ。
ジョギング日和。ただ、もう既に、夕方にしないと、日中は汗まみれになる。
遅いんです。いいんです。ネットサークルのランナーは皆、この倍近い速度で走るのだろう。
いいんだ。ランは、自分のためだからだ。
スポーツクラブですることが無くなって(ダイエット成功したので)、節約のために、一時退会をした。月10815円、ロッカー代1050円、は、我が身にはかなり厳しいのだ。
クラブのトレッドミルより効くという、ロードワーク。やってみて、きつかった。
なぜキツいのか。ピッチが走ってしまうのだ。景色見ながらは気分いいし、風を感じられるし、足は地面を蹴るし・・・。
前にも言ったが、クラブでは、時速7.6km。 本日落としたピッチでも、時間500m違う。この前の速いペースだと、1.1kmも違っちゃう。
これでは、息がきれるはず。途中歩かないためにも、ペースダウンは必至。
ごめんね、数字フェチなもので、数字列挙を旨としてしまう。
大会エントリーのための入金するか否かは、もう、2、3回走って決めることとする。
エントリーするとしても、6月後半から9月いっぱいは、退けときます。倒れてからでは遅いねん。

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2009年4月 6日 (月)

莢豌豆の花

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今年の春は、莢豌豆の花で決めてみよう。
豆が好きなのだ。キッチンには、レッドキドニーの缶詰、ミックスビーンズの缶詰、黄粉、餡子・・・ストックしてある。
5月の声を聞く頃は、グリーンピースの御飯で献立の立案は始終する。
昨日は、蚕豆を買おうとして、「おっと、お財布と相談してから・・・・」
花は、春先の「花豌豆」・・・スイートピーのこと。ちょっとか弱そうで、今年は買わなかった。
こんな歌があった。
  ♪みどりのそよ風、いい日だね
  ♪蝶蝶もひらひら、豆の花
  ♪七色畑に、いもうとの
  ♪つまみ菜摘む手が、可愛いな
子供のころ買ってもらった、レコードの中に入っていたのだが、
豆の花=心地よい春
という等式が出来上がってしまった。
「いもうとが可愛い」という兄の心情も、愛おしかった。子供だったので、自分を「いもうと」に投影したわけではなかったが。

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オマケ
なんの花のか分らないそう。
母が、新聞屋さんから、タダで貰った種を蒔いたのだそう。
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千葉県知事選の唯一の収穫は、
「タイム」「スイートバジル」「パセリ」の種だ。
朝の8時前に行ったので、サービスがあったのだ。
プランターを買ってきて、これを蒔いてみることを考えている。

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2009年3月28日 (土)

みんなでごはんを食べようよ

もし、人と一緒に仕事をするのなら、「一緒にごはんを食べようね」
というスタンスで臨みたい。
20万円分だけ仕事してよ、そしたら終わり。
小遣いあげるよ。
君はパーツ。
君の世界は、天国にでも求めてください。
ここでは、主とサーバント。
これでは、形式だけ揚がっても、仕事に魂はない。
お金儲けは、望まない。私は準キリスト教徒だ。今日のパンを得るため働く。
そのパンを、ごはんを、いっしょに食べましょう、ということだ。
会社を破産させたりするのは、もちろん、舵取りの難しさはあるが、大概、出鱈目なマネジメントをやっていたりする。
真なる道を進めば、航路は現れる。
それで食っていく、となれば、同じ釜の飯を食う、仲間だ。
「一緒にごはんを食べよう」

前の職場のコマンダーは、料理をした。
自分が短期に仕事をしていた間、
クリームシチュー
鴨鍋
鱈鍋
カレーライス
親子丼
おでん
・・・
その他、デリバリーでお弁当がやってくる
カレーがやってくる
会合用、オードブルがやってくる
建設なので、月二回、山の神のお鎮めがある
職人集めて、バーベキュー
終了近くになって、湾岸のビール工場で焼肉
最後は街へ出て、コンパ。
それっきりにはなったが、「食事をする」ということの楽しさ(ついでにアルコールの心地よさも)を覚えた。
体重が増えなかった・・・という理由もあるさ。
自分は粗食派なので、かつ、遊びで食べ歩き、という行為が嫌いなので、食事は質素そのものだ。
しかし、職場の仲間と卓を囲む、というのは、最大のコミュニケーションだし、連帯意識も生まれる。

みなさん、お元気よう。

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2009年3月26日 (木)

龍神さま詣り

今日は天気が良かった。明日の予定が出来たので、午後から、龍神さま詣りに行ってきた。
正式には、「八大龍王」。水の神様だ。
謂れを紐解くと、法華経の守護神、とある。ここ、中山法華経寺の境内の一角にある、というのも肯けた。
高校時代、家族で御参りに来た時、母が、「水商売の人が御参りするのよ」と教えてくれた。なるほど、女性名の奉納が多い。

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御御堂のところには、卵をお供えするときは云々、と書かれていて、
「そうかぁ、龍神さまは、卵がお好き・・・」と認識する。

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法華経寺の境内では桜が綻んでいた。0.5分咲きって感じだ。

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「越天楽」という歌を思い出した。宗教なんでも屋の私は、幼稚園は、仏教寺院の経営する幼稚園に通っていて、講堂での集まりには、いつもこの曲が流れた。
・・・春の弥生のあけぼのに
    四方の山辺を見渡せば
     花ざかりかも白雲の
  かからぬ峰こそなかりけれ・・・
弥生とは、旧暦であろう。
でゎ、さようなら。   

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