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2012年5月24日 (木)

思考回路のハチャメチャ

女性を相手にしての「仕事」となると、
みな、意識が、「飛んで」しまうのだろうか。
前の、見込客で、(これは大きく見込み違いだったのだが)、
わたしの提案、試作、次々ボツにしつつ、
次に、依頼をしてくるのだ。
で、その依頼は? と詳しく聞こうとすると、
あと5日で、デザインして、工事計画して、工事してくれ、
というものだったりする。
支離滅裂でしょ。
そして、まず、デザインが採用に至らないと、金は払えない。
工事が終わらないと、金は払えない。
と、真顔で言う。
まず、ボツにした、断った、時点で関係は終わる、という常識が解らない。
それから、契約書もしくは発注書・請書を交わさないで、仕事の依頼ができる
と思っている。
そして、動いてもらうのだが、それは、成功報酬だ、という。
動いてもらうって、こっちは、職人に動いてもらうのだ。(見積もり、資材手配)
金もらえない、と言って、職人が動くわけなかろうに。
女性だから、というより、私だから、かな、とも思ったが、
女性と言うカテゴリーにして正解だろう。
世の中、いかに、人に好かれて、丸く回して行くかが、生命線なのに、
そして、それが、世の中の「普通の」評価であるのに、
「世の中を教えてあげたんだよ」
「苛めてあげたんだよ」
「プレッシャーかけてあげたんだよ」
「仲間外れにしてあげたんだよ」
と、後年、笑顔で向かってくる敵さんもいる。
「友達ではないけど、ちょっかい出すため、1年に1回、年賀状出そう・
 これは、たった1年に1回だから、なにも無いことと同じなんだよ・
 拒絶もできないんだよ」
嫌いだ、悪意を抱いた、時点で、もう友達ではないのだから、
関係は終わっている、ということが解らない。
善意のひとが好かれて、活動するひとが評価されて、
目的があるから組織ができて、経済関係が仕事である、
という、当たり前の評価が、出来ないひとが多いこと。

2012年5月22日 (火)

職業人失格

自分の仕事に対する態度が甘い、というかユルい、というか、感じている。
客先から、26日の木曜日までに出来れば・・・、
と言われると、まず、「今、他の仕事も抱えてて、終わるかどうか判らないけど、
なるべく、間に合わせるようにします」
と、玉虫色の返事をしておく。
このやりとりを、偶然聞いていた、友は、
「じゃ、いま遊んでるどころじゃなく、仕事しないと・・・」
と急く。
そこで、すかさずわたくし、「いいの、いいの、無理なことは、無理。
終わらないものはしょうがないじゃん」
これが、わたくしの甘さ。
考え直して、結局、木曜日までに仕上げた。
すると、叩き台の、チェックが入り、完成の催促が来る。
GW明けに、催促は入り、その週の、11日までに出せ、だと。
そこで、またまたわたくし、「終わらなかった、と逃げればいいよね」
自分としても、GWを丸々オフにされて、時間がもったいないじゃん、
という不満はあることはあった。
しかし、そのGWも、丸々、ぎっくり腰で、ほぼ寝たきり、
雨も多かったが、ほぼオフ状態だった。
人のせいには出来ない。
11日の前夜は、徹夜で臨み、あげくに、朝になっても終わらず、
完成品をメールしたのは、午後になってから。
午後うつらうつらしてから、
結局、その夜、ようやく睡眠を取ったのだった。
急かした友や、期限は厳守の、父母のほうが、正しい。
友は、定年5年前まで働いた、職業人だった。
父は、言わずともがな。
母は、わたくしのアドヴァイザー。
このユルさを脱却しないと、真の職業人にはなれない。
しっかり、しっかり。

2012年5月21日 (月)

0521- 金環食不完全画像

安い三脚買って、月刊星ナビの付録の、観察プレート買って、
この日の準備をしていた。
朝、半信半疑で、表へ出てみると、雲は軽くて、太陽も、おはよう。
さっそく、三脚につけたコンデジ持ってくる。
欠けた最大はこの画像。
こののち、雲が厚くなったので、諦めて家の中へ入る。
ツイッタなどで、各地の情報見てると、結構見えてるらしい。
10分か20分、家の中にいて、再び外へ。
また、太陽が雲間から、顔を出していた。
リング状になったところこそ、見られなかったが、
欠けていくさまは、ちゃんと、プレートの下から、拝見できたとしよう。
やったね。
画像は、やっぱ、赤すぎるかな。フィルターから光が漏れたか。

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2012年5月16日 (水)

情報交換

☆☆☆☆☆500記事達成。
         (あとでどれか消すかもしれないけど取り敢えず)

仕事を求めてふらふらしてると、
同種の人物と遭遇することがある。
稀なのだが、たとえば、業者として加えられて、
不本意ではあるが、同じ業者仲間として、
某社の専務さん、なんかと話をする。
これが肝心だ。
わたしは業者ではない、いずれ客先の幹部と付き合い(危ないなぁ)
なんて、考えてはいけないのだ。
業者として、下々と仲良くする。
2度、3度話をしてると、
思わぬ、情報が入ってきたりする。
「うちは、年間○十店舗の進出」と得意気言っていた客先の話とか、
「(誰彼となく、土曜日会議出席を義務付けている話)」とか、
「(そして、それは、別に逃れても差し支えない話)」とか、
「(女事務員が、側女のごとく社長に付き従っている話)」とか、
・・・あぁ、あのマチ子さんね、なんて、納得したりする。
そして、どうしようもない、お手盛り会社の実情が浮かび上がったりする。
仲間とは大事なものだ。
今の仕事も、わたしの本道のセールス活動を外れて、
その筋の紹介、として、入ってきた。
LEDで判らなければ、その筋の社長さん(あれれ?)に、即電話。
この情報は、無料で得られる。
明日は、図面を送付するつもり。
ハンコは施主に貰わないとね。別便ね。

2012年5月14日 (月)

豆苗(とうみょう)

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料理の本で、「豆苗」を知り、このお料理、美味しそーだなー
と、材料を覚えておいた。
すると、近所のスーパーに、今が旬とばかりに、これが置いてある。
さっそく買ったね。
春雨と、豚の挽肉も。
あとは、生姜、大蒜、葱はある。
麻婆春雨をつくる要領で、この豆苗を加えればよい。
で、これをつくるのに、ミズゴケから、豆苗を外したあと、
また、水盤に水を張っておくと、2期作できるという。
ただいま、実験中。
もうすでに、小さな芽がぎっしり生えてきている。
楽しみだなーーー。
あ、豆苗自体、98円也。


2012年4月22日 (日)

ダイソー社長にシンパシー

2012年4月19日 (木)

ディフューザー来た!

アロマの香りで、部屋を充たそうと、
千趣会で、ディフューザーを発注した。
本日、到着。
説明書読むと、なんや!
一般のアロマオイルは、水に溶けにくいので、
この会社専用の「エッセンシャルオイル」のみ使ってくれ。と。
ぬかせ!
アロマディフューザー買って、アロマ使えないとは、
どういうことや。
返品することは、頭にはなく、包みを全部開いて、
そそくさと、本体に注水した。
責任持ちませんって、ええやないかい。
わたしが、責任取ろうやないの。
実家の父の、最上級の、ペパーミント。
最上級は、大は小を兼ねるで、なんにでも大丈夫や。
自転車で取りに行って、
滴下して、室内は、いい匂い。
いま、油絵を描いていて、さすがに、部屋の中は、
異臭がしてくる。
なんの油かって、さまざまな、油や。
夏を前に、懸念したのだ。
ま、5月になれば、窓は開けていられるが、
油の匂いが、わが部屋の匂いになるのは、
ちょっと困るってんで・・・。
わたしは、鼻に敏感で、
タンドリーチキンを焼いた時の匂いや、
カフェイタリアーノを湧かした時の匂いや、
そして、炊飯の匂いや、
それらの、匂いを、そのたびに楽しんでいたのだ。

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アロマディフューザー:5250円也

2012年4月 8日 (日)

復活祭・2012

せっかくの大事な日なので、日記風に書いてみようと思う。
今日は、復活祭。
いつもの時間に行ったのだけれど、インターナショナルミサ
であることも手伝って、お御堂は満杯。
友達と、後部2階席へ上がった。
いつもは、かぶりつきの席で、よく聴けるのだけれど、
今日は、マイクを通して、はるか向こうから。
インターナショナルの日の定石として、
「主は水辺に立った」を歌ったのだけれど、
この歌は、いつも、泣かされるんだけど、
友も、ここぞのフレーズで、なぜか、声が止まったのは、
やはり、感慨があったのだろうか。
ミサのあとは、パーティーで、その友が帰ってしまったので、
目の前に入れ替わり入ってくる、知った顔に挨拶しながら、
焼き鳥とタコスと甘酒とコーヒーで、和んだ。
あんなに、嫌だった、フィリピンの若い女性と結婚するんだ、
と言っていた、おっさん(おじぃ?さん?)と、
最近、話をするようになっていて、やはり、
女性の要注意人物、要は、「困ったちゃん」とは違い、
社会生活を完遂した大人であることがわかる。
ま、フィリピン人の話は、今でも、「どーでしょーーー?」
な感は持ってるけど。
どんな人物でも、少し時間をおいて、理解の戸を叩かないと、
人となりはわからない。
ほとぼり冷めて、そそくさと教会を後にして、
アパートへ帰ったのだけれど、さっきのランチの足しにと、
いちごと清見オレンジを食べた後、
炬燵で、昼寝をしてしまった。
昨日も朝9時から、教会へ来て、
復活祭の顔である、茹で卵を、400個弱茹でていたのだ。
緊張が今ほどけた、って感じだろうか。
わたしは、俳句もやり最近では短歌もどきを作り始め、
でも、グループに所属するのは止めようと思う。
時間の無いことと、神様のほかに、「頭」を持つことを
厭うていることもある。
神さまの真ん中にいない、集団なんて!!!
仕事のときは、神さまが来てくれるけど、
趣味の集団の中にまでは、申し訳ない。
勝手にやってよ、って感じ。
今日は、その後実家に電話をすることもなく、HP制作ソフト
Dreamweaver CS5.5 の勉強をしていた。
どんどん、本を読み捨てていかないと、
あとの勉強が閊えているのだ。
そうでなくても、4月以降のTODOリストは満杯なのに。
ポテンシャルが上がってきている。
そのうち、実際に、口座を使うことも出てくる予感。
タダ働きの、回転率がいいのだ。

2012年4月 4日 (水)

戯れ短歌・16

出で行きて男性用の香水で身をまとひしを気づかざりけり

新しき気配に呼ばれ出た道はアンディウォーホールで閉じられき

はまってはたまってどよんでしずんでくひとのなすことわかりがたしと

隣席の化粧品売りのファッションが羨ましくて真似をしてみむ

教科書を解きて世間に名乗り挙ぐ就活生よ砂丘を歩け

電話の向かふの担当者は女性この期に及びて湧くシンパシー

父となれぬ弟狂ひて会ふごとにことわり書きの嘘の役職

戯れ短歌・15

倒産した派遣会社の営業の彼の求職正社員希望

ふるさとが干潟になればわたくしは海月となりて帰る春かな

十八でオンナと名乗ったその日からなにやら亡霊がわれに棲みつく

現実といふ重力に引っ張られ社会の錘(おもり)になりたし今は

これはあたかも偶然拾った幸であり定期便などないその顛末

虹の橋辿りてゆけばためらはる詩情の塊にまた囚はるる

2012年4月 1日 (日)

新しい司祭

昨日とは打って変わって、本日、冷え冷え一日。
4月1日は、復活祭の1週間前。
転任してくる司祭様の、司式でミサが行われた。
覚えてる、云十年前のこの主日。
♪棕櫚の葉を手に持って、ホザナとほめたたえよ。
と歌ったその時の歌は、今はほとんど歌われない、
カトリック聖歌集に収められているもので、
たぶんこのメロディは、
♪ブラザーサン アンド シスタームーン
♪I seldom see you, seldom hear you tune.
 
のこの部分だ。
今日は、典礼聖歌集という、現代音楽のヤツ。
ま、まぎれもなく、この間、生き抜いて来たんだわ。
お御堂が、どんな感じか。

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2012年3月27日 (火)

金は払うから、口出さないでくれ

仕事の上で、組織図、システム図などを描いていると、
そこから、あぶれる1グループというのが出てきたりする。
これは、組織上、契約を経ての存在であるから、
勝手に削除はできない。
で、金なら払うから、なにもしないでくれ、というセリフが出てくる。
もちろん、組織の上では、なにかしている、仕事しているのだろうが、
わたしのシステム図の上では、あぶれるのである。
もちろん、金を払うのは組織であるが、
仮に、自分が、払う立場にあったとしても、
それなりに支払って、黙っていていただくのだろう。
こうまで、組織とわたしの概念図に乖離が現れている。
であるからの独立なのだろうが、さて、
よその組織と仕事をするとき、また、このセリフと言うのであろうか。
1か0か。要るのか要らないのか。イエスかノーか。
必要か必要でないのか、縁があるのか縁切りなのか。
そんな綺麗な線引きは、世の中では通用しない。
で、口は出さないでくれ、と言うのであろうか。

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2012年3月26日 (月)

敵陣侵攻

敵陣侵攻! なにやら威勢がいいですな。
今年の抱負を述べないうちに、今年度、に入っていきそうな時期。
個人業は、1月が新年度ではありますが、
顧客である大方の企業は、4月新年度でありましょう。
マイルストーンを、2度設ける必要がありそうです。
で、この敵陣侵攻、をスローガンにしたいものです。
どこへ行っても、敵の旗がはためいている。
こんなイメージ、誰でも判りますでしょ?
たとえばカジュアル中華店を見てみますと、
ドメイン戦略を採っているところが多い。
北東京ではウチ、埼玉ではウチ、千葉ではウチ。
これが、餃子の王将、だと、そうはいかない。
繁華街に節操無く、展開している。
「陣」がない。
あの会社のノウハウが陣のようなものでしょう。
しかし、共存はできないのだから、各地で陣取りが行われるでしょう。
ドメイン戦略の会社同士だと、もう縄張り争い。
これは、静観しておくとしましょうか。
で、ウチですよ。
ウチは、会社未満なので、零細以下。
それが、まず、「先生」と張らなければならない。
先生とは、インテリアデザイナーですよ。
店舗内装業界では、どうやら、この「先生」が、
職人の手配までやるらしい。
なら、ウチとお仕事おんなじじゃん。
ここんとこを、棲み分けられると、ウチもお金が入ってくるとは、
思うんですけどねぇ。
あ、ウチは店舗内装業界の末端ではありますが、
わたくしはどこでスタンドプレーをしてるかと言えば、
営業活動です。代表はまず営業です。
で、敵の御旗がたなびく各所へしきりに猛攻するわけですな。
そのわりに、現在のポテンシャルは低いです。
3日に1回の活動。客先へは、2カ月、3カ月おき、って感じ。
こんな明け透けなことを書き出したのも、
冒頭に書いた、抱負というのか、いま、出費して買った、
ビジョンナビに、ビジョンを組み入れてます。
せっかく買ったんで、びりびりになるまで、使おうかと思います。
どうでしょう。フェイスブックなんかに経歴キャリア書かなくても、
自分の好きな場所で、仕事の話ができればいいですね。
で、敵陣侵攻です。

未来は進歩である、というテーゼ(長文注意)

わたくしが暇つぶしに俳句をやっていることを(本当に、現場の待機の時間稼ぎに始めたのだが)、
御存じのかたも多いと思うが、その世界の話として、昨年、
「俳コレ」という、アンソロジーが刊行された。
みな、沸いた。わたしは、この不思議な現象が初めてではないので、
本日、試しに、「俳コレ/批判」として、検索をかけた。
なにも引っかからなかったのだ。
だいいち、俳コレに言及しているのは、極々身内に限られているらしい。
芸術の世界の話をしよう。美術評論の、Fという評論家が主導して、
彼以下に活躍をしている、比較的若手学究者の評論を集めて、刊行したのだか、
プロデュースして、企画の評論集としたのだか、詳しいことは、わからないが、
そのF評論家に対して、とある、学派が、手厳しく批難していたことを思い出す。
要は、「リーダー気取り」「領袖気取り」ということだった。
美術評論の世界は、哲学がらみなので、頭のいい人たちが集まっている。
なにを根拠にその頭数を揃えたのか、ということらしい。
わたしも、これを俳コレの企画者に言いたかったのだ。
なぜ、あなたが選ぶの? 金子兜太だってこんなことはそうはやらない。
ただ、先にも述べたとおり、誰も言及しないので、わたしも事大事に
騒ぎたくはない。
沸いているひとたちは、言う。
これからの時代の方向性/俳句界の申し子/新しい俳句
この新しさを装った22名のなかに、わたしの先輩でもある、
昭和9年のS女史が編入されたことに、なにか、バランスを取られたようで、
非常に悔しいものがあることも、引っかかりのひとつだ。
新しいことが、革新であり、進歩である、というのは、今の時代にそぐわない。
お兄さんより、弟のほうが、印象派より、モンドリアンが、ニトリより、イケアが。
そんなことはない。
革新であるのはむしろ、スターター、痴人、脱構築。
わたしたちの未来は、進歩してゆく、という幻想。
美術の世界でも、日本から世界に羽ばたいた、として称賛される2,3名がいる。
アニメチックなフィギュアの村上隆や、三白眼の少女の奈良美智は、
それが、評価者にとっては、衝撃だったのだろう。
どこが、芸術か、は問題ではない。
センセーショナルで、希少なもの、そして、メディアに載る斬新さ。
ここでも、新しいと評価されている。
新しい、と評価するよりは、珍しい、珍奇な、と評価すべきだろう。
わたしは、現代美術は、アンディ・ウォーホルで終わった、と思っている。
彼は、その複製美術論(?表現?)で、絵画を発展を終わらせた。
彼は、たしかに、活動家であり、革新者だ。
いま、絵画の世界は、回帰する動き、というのか、静かな対象描写が
主になっている。
前衛だ、抽象だ、の時代じゃなくなり、ある意味、アーティストはやり易いだろう。
流派に乗り遅れることを恐れなくてもよい。
新しいことは未来、未来は富、成長。これは、間違っている。
時計の針は進むが、ひとのこころは、溜まって滞る、こだわる、突き詰める。
これが、未来であるのか将来であるのか、でも、進歩でも成長でもない。
新しいものはただ、イノベーター(革新者)の手の中だ。
僅かな天才の血と汗の賜物だ。

2012年3月20日 (火)

わたしの春

わたしの春の一歩は、オレンジのキャンバスだった。
本日、塗り初めの日。
まだ、描画オイルの出番ではない。
部屋は、あの、美術室の匂いに変貌するだろう。
石油ストーブの匂いまでくらいで、勘弁してもらいたい。
なぜ、オレンジ色かというのなら、
セットでヤフオクで落とした、10000円の絵具のなかに、
極太の、オレンジチューブが入っていたのだ。
この極太は、通常下塗り用だ。
さもなくば、抽象だ。
この色を塗った後、無性に伊右衛門が飲みたくなった。
珈琲じゃだめなのだ。
わたしの春の一歩は、F12号のノルマだ。
ビジネスのほうは、決算期ということで、
いま、据え置いている。
だから、ノルマだ。
祈るように描こうと思っている。
白く輝くように描こうと思っている。
あたかも、ミカエルのテーブルのように。

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いま、食うてるネーブル。
ボウルは、教会の食事会の時、サラダをつくって
持って行って、その道具を実家で借りてきた。
フルーツは、いいっす。
いちごも、398円でも、甘いのが当たりますように。

2012年3月15日 (木)

カイマナヒラ・原語版

原語版・歌詞つきのカイマナヒラ。
ハワイは行ったことはない。
風が最高だと、聞いた。
原語は、音節がみな、母音で終わるので、
日本人には歌い易いだろう。
今日の心境だ。

2012年3月 7日 (水)

臭いものにフタ

K女の裁判が終わったらしい。
結婚詐欺の例の話だ。
テレビの画面の裁判官らの質疑への
答えが書かれた文字列を見て、吹いた。
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おまえぇ、自分を知ってるの。
蓼食う虫も好き好きなのは、承知だが、
いわゆる、世の、「男殺し」とは、カテゴリーは別世界。
しかし、セックスが万人が享受できる、と錯覚することは
間違いであるにせよ、性欲は万人共通だもんね。
フロイトも言っているが(あれ?言ってない?)、
ひとの行動の源は、「性」であり、現代は、
男女平等、の台頭とともに、「性」を棚上げしてしまった。
「臭いものにはフタ」である。
女性の奉仕の象徴であった、セックスを、
キャリアウーマンが、われこそ自分のものに、
と貪欲に、求め始める。
ベッドの上にどこまで、男女平等が乗っかるのか、
マスコミは追及しない。
そして、最後は、「母」である。母となれば、まず、勝利だ。
女性は、仕事の自由を求めるはずが、まず、母であろうと、
躍起になってしまう。
これは、種族保存の本能とは、わたしは違うように思われる。
共産党や、社民党は、女性候補者の条件に、
「母親であること」を外したらどうか。
おっと、話がそれた。
この、K女の返答は、玄人のそれと、似て非なるものであることは、
わかる。
犠牲、と、諦め、がない。
逆に、3人、犠牲にしてしまった。
お金だけ犠牲になったオトコなら、10を優に超えるらしい。
フロイトも言うが、世の中、それで出来ている。
結婚できなくて、コンプレックスもなく、堂々と仕事している
女性を、わたくし自身の他に、見たことがない。
だれもが、「男に選ばれない」=「欠落」と卑屈になっている。
K女も、蜘蛛の巣のように、網を張ったのだろう。
「オトコ・・・・オトコ」と。

2012年3月 4日 (日)

子犬を連れた貴婦人

今日は、「ゆるしの秘蹟」の日だった。
告解のことだ。
その後は気分爽快だった。
わたしは洗礼を受けてから2度目で、この2回がマジだったので、
今後は、参加するかは、微妙。
でも、毎度マジな罪は生まれてくるのだろう。
そして、実家へ行き、父母と、毎度のごとく揉め、
ほとぼり冷めて、アパートへ帰り、
暗くなっても雨戸も閉めぬまま、使徒信条を唱えていた。
そして、頭に浮かんだ光景が、
「子犬を連れた貴婦人」だった。
わたしのこどもの頃のことだ。
まだ、弟は生まれていなかった。
夜、わたしが布団に入ってから、父と母が喧嘩をした。
「知らないっ!」、母は家を飛び出していった。
しばらく考えていた父は、後を追いかけて行った。
その喧嘩の一部始終を
となりの部屋の布団の中で聞いていたわたしは、
父と母が、家からいなくなると、パジャマのまま、
探しに行くため飛び出した。泣きながら。
「パパーー、ママーーー、わーーん、わーーん」
小さな町なのだが、角をふたつも曲がれば、
よその世界だ。夜道は物騒だった。
そのとき、犬の散歩に歩いていた「おばさん」が
わたしに声をかけた。
おばさんったって、3つや4つの子のいうおばさんだ。
せいぜい、30歳かそこらだろう。
夜はこどもは危ないよ、パパとママは、お風呂にでも行ったんだろう。
おばちゃんが、おうちまでついてってあげるから、
おうちで待ってなさい。
そして、WB33号の官舎のうちの玄関までついてきてくれたのだった。
心細くして布団の中で待っていると、
そのうち、仲直りをした父と母が、機嫌良く帰ってきた。
父と母はこの夜のわたしの受難を知らない。
わたしは、イエスと違い、救われたのだが。
このおばさんは、近所の同じ官舎のおばさんで、
毎日、犬を連れて歩いているところを見かけた。
そして、こども心にも、こどものいない夫人だ、ということが推測された。
いつも見かけていたおばさんが、声をかけてくれ、心配してくれた。
こども心にも、こそばゆかった。テレた。
大柄でゆっくり歩く夫人。
わたしはひそかに、「子犬を連れた貴婦人」と呼んだ。

2012年2月24日 (金)

手筈・手順

一仕事終わったら、次、が分からなくなった。
まず、手を動かすべきか、日記に向かうべきか。
はたまた、気晴らしをすべきか。
だったら、キャンバスに向かうか。
とりあえず、今日は、日記を書くよ。
テレビはもう観ない。
パソコンも閉じちゃった。
本当は、早くにそうすべきだった。
日中は、お馴染みの、うたた寝に興じてしまったのだよ。
それだけ、我が身に平和が訪れていると言っていい。
ほんじゃ。

2012年2月15日 (水)

放送大学単位認定試験合格・もれなく

本日、放送大学の在学生用のサイトにて、確認。

「ビジネス・ファイナンス」・・・A
「初級簿記」・・・A
「管理会計」・・・B

管理会計のB評点を見たとき、我が目を疑った。
「取ったぁ・・・・(ほっ)」
ということは、曖昧に解答したところが合っていた、ということか。
初級簿記も、解答をマークすると、そのほとんどが、
4番と5番で、普通の試験だったら、ありえへん、
正答の並べ方。
でも、FACEBOOKの放送大学の仲間は、
履修した科目で、マルA(Aが○で囲まれてるやつ)なんて、
取ってるゆうたから、自分は、さほど優秀でもなんでもない。
学期途中の、通信指導提出後にかかってきた、放送大学
からの電話では、わたしの取っている科目に、
「ずいぶん難しいの取られてますね」
だったので、
いま、調べてみると、単位認定試験の平均点は、
初級簿記22年後期:60.0点
  〃   23年前期:55.4点
管理会計22年後期:62.8点
  〃   23年前期:59.9点、で
(ビジネスファイナンスは今期なし)
60点が合格とすると、半分は、落とされている、
という計算になる。
FACEBOOKのページでも、初級簿記は一回目は落とした、
という人が、複数いる。

味をシメて、24年前期の履修届け出しちゃった。
また、3教科、それ以上は取れない。
ねえさん、そんなことやってるヒマおへんえ。

Seiseki22

2012年2月12日 (日)

戯れ短歌・14

食パンをこんがりと焼く大型のロースター廻り朝のホテルよ

父に出会ふために言葉を探しゆく要らぬものみな打ち捨ててゆく

友だちにかりんとまんぢゅう買ふといふその利己主義がわたしの欠点

子供の頃他の何より好きだった湯をかき回す母の太腿

女性もはやヒロインでなし画家の描くエロスの世界を青年は恋ふ

まだ収入にならぬならぬと言い続け味方を得たりそれもまたよし

戯れ短歌・13

ブリュレなるお菓子を知らぬ我なれど交友したき年の暮かな

ボウリングの球がレーンを滑るときわれに遊びは必要である

通ひしはサロンドマイギャルヘアサロン小遣ひはたいて月に一度で

護国寺の寒き夜道を歩くとき今年も終るやクリスマスイブ

老いの身を語りたし道沓けれど父母でさえ未だ境地にあらず

プロジェクトはクラス会だけサラリーマンの仕事に生きがひなしと見るべし

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