とある一日(日記風)
自分が、ペケ物件、ボツ案件の記録をひどく嫌がり、手帳にすら、無視してしまう癖があるので、昨日の一巡を書いてみようと思う。
朝8時に家を出、聖蹟桜ヶ丘へ向かう。約束は11時なので、計画では、1時間近く余ってしまう。いつもそうなのだが、度を越して早めに出ないと、落ち着かないのだ。新宿から、通勤快速に。総武線と京王線の道中は、先日、まとめ買いした、「レッツラゴン」の第4巻を読みながら。
案の定、1時間早く、「聖蹟桜ヶ丘」着。で、また(そう毎度で)、マックを探す。ここでの出費は僅か120円の、ローストコーヒー、ホット。
11時に客先へ。面接から、面談、更には商談もどきに。就業見積もりを出せ、と言われる。
帰り道、自分的に機嫌は良かった。これから、六本木へ向かうのだ、が、昼食の当てがない。オリジンで、おにぎり1個購入。どこで食べたか・・・その辺です。
新宿に着き、大江戸線乗り場を探す。案内嬢に結局頼った。都庁前まで、バック、それから、六本木・大門方面行きへ乗るように。
六本木のターゲットは、国立新美術館。そうです、日展を見に行ったのです。ただ券手に入ったもので。注目の建物はどうだったって? 黒川紀章、は、哲学的に納得していない。彼にだけではないんだ。建築家、という職業にシンパシー感じていないのだ。建築は、技術乎、美術乎、ってところからだよ。じゃ、建物の感想をひとつだけ。円錐の逆さまの休憩所が、2階と、3階から、1階に刺さっている。風水的に、どうよ。あともひとつ、外観のくねくね、すんなり納得できない。理論的でない。で、どしてこうなのよ? と言いたくなっちゃう。以上。
鑑賞前に、美術館のカフェで、高あいサンドイッチとアイスコーヒーを食す。
日展は、ほぼ毎年来ちゃうと、日展精神に洗脳されつつあるのが解る。あくまで写実。心象の投影。それをあくまで人や静物や風景に拠って。奇は要らない。主張のお喋りは厳禁。
いちご、学生時代は、前衛や現代絵画や抽象の初歩、学んだんだけど、それが、なにか? と一蹴する日展精神。
母の日本画学習精神にも影響うけつつある。技能、師、意、習う、写実、創作意図と芸術の普遍性。いちごのやり方も設計から構想へ変わりつつある。
帰りは、近所のスーパーへより、お弁当の準備。翌日の父の仕事の手伝いに行くのに、腕まで揮おうとしたのだが・・・・翌日、父は会議で、お昼は要らない、になってしまった。お弁当のために買った食材は、半値になった鰈だけだったし、ま、いいか。
で、一日は終わったのでした。ホームラン! ヒットエンドラーン!といったスカッとした決めがない一日。足で稼いで、1塁セーフ、って感じかな。
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